
育児休業中の後輩の家にあそびに行った。ついこのあいだ産休に入ったと思っていたのに、息子くんはすでに1歳。「卒乳してもう乳腺炎もこわくないので、生クリームたっぷりのケーキを食べたいです!!」と感嘆符付きでもらっていたリクエストに応えて、ショートケーキを手土産にした。そして息子くん用に、いちごとプレーンヨーグルトも。リビングテーブルでケーキを囲むわたしたちの隣で、息子くんは、食べやすく切ったいちごを入れたヨーグルトをむしゃむしゃ頬張る。子どもの成長って、どうしてこんなに早いのだろう。ほんの数ヶ月会わなかっただけで、ふんわりやわらかい抱き心地の赤ちゃんから、背筋をピンと伸ばしてベビーチェアに腰掛ける“ひと”へと進化していた。
息子くんが、テーブルの上のストローマグをつかみ、ごくごくと水を飲みはじめた。ころんと丸みのあるフォルムに、ぴょこんと伸びたストロー。ベビーグッズらしいかわいらしさのなかに、ひとつ、見慣れない点があった。息子くんがマグを揺らすたびに、マグの中のストローの先もゆらゆら動く。うちの娘(中学生)が赤ちゃんのときには、こういうマグは見かけなかったと思う。「ストローの先に付いてるのって、もしかして、おもり?」と後輩に聞くと、「そうなんです。ストローの先がいつも水のある場所にいくから、マグをどんな向きにしても吸い上げられるんですよ」と返ってきた。
揺れるおもりを眺めていたら、船のいかりが頭に浮かんだ。神戸の夜、錨山(いかりやま)にライトアップされるあのマーク。船のいかりは、船が漂流しないようにするものだけれど、その役割は“動きを止める”というより、“戻る場所をつくる”なのかもしれない。海の上で船は、波や風によってどうしても揺れる。少し流されもする。けれど、いかりを下ろしておくことで、留まる場所の基準ができる。どれだけ揺れても、流されきらずに元の場所に戻ってこられる。
ストローマグのおもりも、それに近い。赤ちゃんはいろいろな姿勢で水を飲む。座って、抱っこされて、時にはのけぞって泣きじゃくりながら。どんな姿勢でもストローの先が水から離れてしまわないように、おもりは、ストローの先をつねに水の底へ導く。
揺れてもまた、そこに戻る――子育ても、揺れの連続だ。毎日とにかく揺れる。予定どおりには進まないし、さっきまで笑っていたと思ったら急に泣く。寝たと思った瞬間に起きるし、順調だと思った翌日に熱を出す。親のほうもまた、揺さぶられる。甘いものが大好きだった後輩は、妊娠中はつわりで、出産後は乳腺炎になりやすいからと、思いがけず2年近くも生クリームを我慢することになった。
「産んだら思う存分ケーキを食べるんだと思って、つわりを乗り越えたんです。なのにまた、おあずけで。夜泣きで眠れないし、食べたいものも食べられないし、自分のことなのに自分の思い通りにならないことばっかり。なんでこんなにままならないんだろうって、泣いた日もありましたよ。でも、そういうのを全部ひっくり返すくらい、かわいいんですよね、この子。毎日、愛おしい」。彼女は笑ってそう話す。
ママが他人と和気あいあいとしている姿に妬いたのだろうか、息子くんが後輩の膝によじ登りだした。手にはストローマグ。息子くんの動きに合わせて中の水が大胆に上下するたびに、ストローの先が、おもりに連れられて水の底へ戻っていく。
今日はふたたび生クリームたっぷりのケーキを食べられるようになってゴキゲンな後輩だが、これから先もまた、眠れない夜や、思いどおりにならない日はやってくるはず。完全に安定した状態なんて、子育てにたぶん存在しない。子どもは成長するたびに、新しい揺れを連れてくる。揺れに翻弄されながらも、彼女はきっと何度でも戻るのだろう。「そういうのを全部ひっくり返すくらい、かわいい」に。
本記事に掲載の商品は、阪急百貨店・阪神百貨店のリモートショッピングサービス「Remo Order(リモオーダー)」にて、ご自宅や外出先からスマートフォンでご注文いただけます。
Remo Order(リモオーダー)についての詳細はこちら
※掲載商品は、予告なく売り切れや仕様変更、販売終了となる場合がございます。あらかじめご了承くださいますようお願いいたします。