
遠い記憶だが、雨の日は独特の匂いがした。あれは、雨の匂いなのか?けっして、香りではない。されど、臭いでもない。あれはやはり、匂いなのだ。けっして、悪い印象があるわけではない。オノマトペで表現するならば、“ジトジト”した匂いなのだ。“シトシト”でもない。“ピチャピチャ”でもない。あれは、“ジトジト”だ。土中に染み込んだ雨が、土の中のさまざまなものが持つ匂いをブレンドして地上に漂わせているような、そんな匂い。ちょっと埃っぽい、カビくささを感じる。見たことも会ったこともないが、ゾンビを想起させる。ゾンビ臭という言葉があるが、あの嫌な生乾きのニオイに近いものではない。雨のたびにしつこく何度も蘇る、ニオイ界のゾンビなのだ。
カラッと晴れあがった日の、干しあがった洗濯物のような健康的な匂いではない。しかし、病的な匂いでもない。あれは、まちの匂い、土の匂いだったように思う。土に雨が染み込み、土の中の微生物やらいろんなものと混じり合って、土中から匂い立ってきたものだと想像する。こう書いていくと陽性ではなく陰性なイメージがするでしょ。でも、ね。陰性だけど、物悲しいというよりも、妙にこころが落ち着くところもある匂いだったように思う。正体は土の中の微生物が混じり合って空気中に放出されたものという説が有力なようだ。石の匂いのようで。大地の匂いのようで。土の中に潜むいろんな微生物を巧みにブレンドした匂い。雨は匂いのブレンダーなのかもしれない。
ところが、だ。最近というか(かなり前のようにも思うが)、いつのころから、この雨の匂いがしなくなっているように思う。なぜ、なんだろう。住宅のコンクリート化、道路のアスファルト化などで自然の素材が減り、まちから土の部分がずいぶん減ったからか。都会だけではない。じぶんが住んでいるような、まだ田んぼや小川が残る田舎でさえも。“まちのスメル” “大地のスメル”がしなくなっている。これは、ちょっと悲しい。無味乾燥、人工的、無機質、無色透明、機械的、非人間的。匂いがしないという不自然。雨の匂いは、人間くささの匂いだったのかもしれない。
とは言え、雨の日。それもこれからの季節はシトシトシトシト…シトシトシトシト…いつ止むのかとさえ思えてくるくらい雨の日が続く。最近はゲリラ豪雨だけでなく、長雨も多いように感じる。雨が降り止まない、外出もままならない(というか出かける気にはならない)。そんな日の過ごし方として、暮らし(部屋)に匂いを持ち込むというのはどうだろう。ここでは、話のストーリに合わせて、香りではなく、“匂い”としておこう。ディフューザーというものをご存知だろうか。瓶に注いだエッセンシャルオイルに棒(リードまたはリドスティックと言うらしい)を浸しておくと、良い香りが部屋に充満する、あれだ。ふつうは気分転換やリラックスするために使われることが多い。匂いのしない昨今の雨の日に、ディフューザーで部屋を好きな香りで満たそう。あなただけの雨の日の匂いを持つのも良い。なりたい気分に合わせて匂いを変えるのも良い。ディフューザーにはいろんな種類の匂いがあるので、じぶんの大好きな匂いを選んで、その匂いを雨の日に漂わせてみようというわけだ。きっと、雨の日が好きになるだろう。雨の日が待ち遠しくなるだろう。普段からディフューザーを愛好しているなら、雨の日は晴れた日と香りを変えてみるというのは、どうだろう。
雨の日の匂いがしなくなったいま、「雨の日に匂い」を持とうではありませんか。なぜか、最後はアジテーション調(笑)。
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