阪急うめだ本店

Japan and me. 日本の美と技を未来につなぐ

special interview

伝統と革新の『両輪』を回す。
片岡愛之助が語る、歌舞伎の美学

片岡 愛之助 (六代目)
歌舞伎俳優

日本の美と技を未来につなぐ ――
「Japan and me.」の精神を体現する存在として、歌舞伎俳優の片岡愛之助さんにお話を伺いました。

時代ごとの「最先端」を取り入れながら、四百年もの長きにわたり人々を魅了し続けてきた歌舞伎。

その華やかな舞台を支える精緻な手仕事から、次代へ向けた継承のあり方まで。常に新しい挑戦を続ける愛之助さんに、歌舞伎の伝統美の真髄を紐解いていただきます。

誰もいない南座の客席。静寂に包まれた空間は、愛之助さんが現れた瞬間、ふっと空気が華やいだ。

「歌舞伎って、『かぶく』という言葉から来ているんです。出雲の阿国が京都・四条河原で、女性ながらに刀を提げ、派手な衣裳で踊った。『傾(かぶ)いているね』という評判から傾き者(かぶきもの)になった。つまり、一番最先端の芸能のことなんですよ」。心地よく響く声で、愛之助さんは歌舞伎の源流を紐解いていく。

歌舞伎の伝統を後世に受け継ぐために、大切なことは何か。問いに対する彼の答えは、とても明快だった。

「先人たちから受け継いだものをしっかり学び、自分のものにして後進へ繋げること。これは絶対に僕たちがしなくてはならない一番大切な作業です。でも、それと同時に、新しいこともしていく。僕は、この『両輪を回すこと』が大切だと思うんです」

いま仕掛ける新しい挑戦も、百年後には古典になっているかもしれない。「かぶく」精神と伝統の継承――その二つを引き受ける姿には、研ぎ澄まされたしなやかさがある。

アナログ舞台の、血の通った美しさ

歌舞伎が持つ美意識を象徴するものを尋ねると、「顔をする(化粧を施す)ことでしょうか」という言葉が返ってきた。開演前、俳優は自ら白粉を引き、筆を入れる。隈取や白塗りはかつて、蝋燭の仄暗い灯りの中で俳優の性根や表情を浮かび上がらせ、役に命を宿すための知恵だった。

そして、芝居の世界観を決定づけるのが大道具や衣裳、床山といったプロフェッショナルたちの技である。

「初めて歌舞伎をご覧になるお客様は、大道具が瞬時に変わったりする仕掛けを見て驚かれます。でも実は何一つ新しいことはしていなくて、昔から受け継がれてきた手法を、すべてアナログでやっているだけなんですよね」

何でもデジタル化され、映像さえ倍速で消費される現代において、手仕事の力はかえって新鮮な感動を呼ぶ。画面越しでは決して伝わらないものが、そこにあるからだ。

「今の時代、皆様『待つ』ことができなくなってきています。でも、それでは味も素っ気もないじゃないですか。お芝居は間(ま)が非常に大事。生の舞台が持つ空気感は、何物にも代えられない。そこで感じていただく大道具の仕掛けも含めて、歌舞伎は先人たちの知恵と手仕事が詰まった集大成だと思います」

観客が息を呑む『早替り』も、俳優と舞台を支えるスタッフ陣の信頼関係が結実する瞬間だ。「僕の努力は、前の場面から次の登場位置まで、裏を裸でどれだけ速く走れるかだけなんですよ(笑)」

一瞬で衣裳や鬘を外され、暗がりを駆け込んだ先には、衣裳方や床山、そして黒衣たちが息を潜めて待ち構えている。袖に手を通した瞬間、コンマ数秒で次の役の拵えが完成する。「まさに阿吽の呼吸。プロの技、プロの心構えです」。表からは見えない仕事への深い敬意が、言葉の端々から滲んでいた。

宿命の地、南座。そして顔見世へ

愛之助さんにとって、歌舞伎発祥の地に建つ京都・南座は、「片岡千代丸」として歌舞伎俳優の産声を上げた特別な場所だ。

顔見世興行とは、かつて「この座組で新しい一年をスタートします」というお披露目の公演で、現在は東西のスターが一堂に会する特別な歌舞伎の祭典。興行の題名にはひとつ先の年の干支が冠され、由緒正しき破風屋根に俳優の名が連なる『まねき』看板が上がる景色は、京都の冬を彩る華やかな風物詩だ。

今年の「吉例顔見世興行」で、愛之助さんは『絵本太功記』尼ヶ崎閑居の場の武智光秀に初役で挑む。「今回は新・辰之助さんの襲名披露という大変おめでたい興行でもございますし、『絵本太功記』の光秀という義太夫狂言の中でも非常に重たく立派なお役を勤めさせていただきます。気を引き締め、皆様と手を取り合ってしっかり勤めたい」と語る。

歌舞伎は時代が移ろい、俳優が代替わりしても、連綿と家と名を守り抜いていく世界。お客様はその営みを客席から見守り、俳優が大輪の花を咲かせるまでを共に見届ける。「共に俳優を育てるつもりで、舞台を見守っていただけたら」。愛之助さんの言葉は、客席の温かな眼差しもまた、伝統というバトンを未来へ繋ぐ大切な「ひとつの手」であることを教えてくれる。

日本の伝統。それは決して遠い過去の遺物ではなく、今を生きる私たち、そして未来へと地続きで繋がっている。舞台と客席が一体となって紡ぎ出す南座の空間。その熱気に触れたとき、脈々と受け継がれてきた「かぶく」精神が、心地よい高揚感とともにあなたを包み込むはずだ。

スペシャルムービー公開中

artist profile

片岡 愛之助

(六代目)
歌舞伎俳優 / 松嶋屋

1972年3月4日生まれ。
1981年12月十三代目片岡仁左衛門の部屋子となる。
1992年1月に二世片岡秀太郎の養子となり、六代目として片岡愛之助を襲名。
2008年12月には、上方舞楳茂都流の四世家元を継承し、三代目楳茂都扇性も襲名。

『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助など、数々の古典の大役を演じるほか、『流白浪燦星』、『はたらく細胞』などの新作歌舞伎にも精力的に出演。

MBSラジオ「片岡愛之助の愛がいっぱい」で初となるラジオパーソナリティに挑戦するなど、多方面で活躍している。

京都・南座 冬の風物詩。

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