冬の朝、1日の始まりに気合を入れるべく、勢いよくカーテンを開ける。そこに現れたのは、窓枠で切り取られた絵画のような青い空の風景。私は思わずニンマリする。じつは「今年こそちゃんと計画立てて大掃除するぞ」と決意し、まずは先日、この窓をピカピカに磨き上げたのだ。ガラスごしでもわかる澄みきった空気が、気持ちをシャキッとさせてくれる。よし、今日も大掃除の続きを始めるとしますか。
本日の予定は、本棚の整理。この家に引っ越したときに特注した本棚は、扉付きなのをいいことになんでもかんでも入れてしまうので、たまに整理しないと雑然としてしまう。仕事の資料などもいっしょくたになっているから、とにかく一つひとつ確認して必要なものと必要でないものに仕分けしていく。うん、順調、順調。
ところが、半分くらい整理したところで問題が発生した。本棚に並べてあった幼いころのアルバムを、うっかり開いてしまったのだ。“大掃除あるある”。一気に思い出の世界に引き込まれてしまった。
すごく不思議なんだけど、私はものごころついてからよりも、2歳くらいまでの写真を見ると、覚えていないはずなのにどういうわけかとても懐かしい気持ちになる。2歳まで海沿いの町に住んでいて、当時の写真にうつる私は、波打ち際で水遊びをしたり、砂浜でどろんこになったりして、無邪気な笑顔を見せている。両親や姉、幼馴染みたちと過ごしているあたたかな光景。今でも時間ができたら海に行きたくなったり、風や土に触れるとホッとするのは、そんな過去の記憶のせいだろうか。
写真を眺めていて海が恋しくなった私は、キッチンへ行ってマグカップを取り出す。数カ月前、ふらりと立ち寄った店でこのカップを手にしたとき、素朴な土の質感から、浜辺で過ごした幼いころの記憶がフラッシュバックした。聞くと、沖縄の作家がつくっているという。そこに宿る海、風、土の息吹が、私の郷愁を誘ったのかもしれない。優しい色で絵付けされた遊びごころのある柄も、童心にかえったような安心感を与えてくれる。
海に行けないときでも、このカップがあればいつでも海を感じて昔の思い出にひたることができる!そう思って、一点一点異なる柄、形、大きさの中から吟味し連れて帰ったのが、このカップなのだ。
私はマグカップにカフェオレをいれ、再びアルバムのページをめくり始めた。カップから立ちのぼる湯気すらもあたたかい記憶の呼び水となり、しばし過去を旅する。
一説によると、思い出の場所や物に触れて過去を懐かしむことは、脳を刺激して心を癒す効果があるそうだ。しかも、過去を回想しているときに働く脳の領域は、未来を想像するときに働く脳の領域と同じで、新たに前に進もうという気持ちを高めてくれるのだとか。だとしたら、大掃除を中断して昔の思い出にひたるのも悪いことではないはず。というのは言い訳だけど。
マグカップのぬくもりを感じながらノスタルジーにひたり、前に進む気持ちを高めたら大掃除を再開しよう。