朝起きて、シャツを羽織りボタンに手を掛ける。そしてひとつひとつボタンを留めていく。このシーンが私は好きだ。右手の指先でボタンをつまみ、左手でボタンホールを確かめながらゆっくりと穴に通す。寝ぼけていてもこの時ばかりは意識がきりっとする。着替え前の自分に句読点を打つ、小さな儀式のようだ。
長年気に入っている、上質な生地で定番の形を作り続ける外国ブランドの白いノースリーブシャツがある。美しいギャザーが入ったそのシャツには貝ボタンが並んでいる。シンプルなデザインながら貝がきらめく美しさは、ブランドの気高さを物語り、ボタンを持つ手もほんの少し緊張する。「そう、いつだって神は細部に宿るのよ」と語りかけられている気持ちになるのだ。「そういうことを大事にできる人間でいたい」。祈りのようなものを込めながら背筋を伸ばしてボタンを留める。
同じような白いボタンが並ぶシャツでも、また違う心持ちになることもある。デニムが有名な倉敷で、たまたま入ったお店で目に入ったオリジナルシャツ。深い海のようなブルーのデニム生地のシャツについていたのは真っ黒のボタンだったけれど、「この青には透き通るような白のボタンをつけたい」とお店の人にわがままを言ってボタンを分けてもらった。全て家で付け直すのは結構な作業ではあったが、厚みのある存在感抜群の真っ白なボタンがボタンホールから顔を出した瞬間、シャツの顔がキリッと端正になる。「一人だけで輝くのではなく、誰かを引き立てるのもまた素敵な生き方」。一人でがんばりすぎていた頃の自分を思い出し、そーっと呟いてみる。
ボタンを留める行為。それは私にとって、自分との対話の時間なのかもしれない。
私という内を外から眺める瞬間、私は自分の存在を確かめる。大袈裟にいえばそんなところだろうか。
ボタンはボタンでもこちらはちょっと変わった皮のボタン。薄いストライプが優しくなびくシャツワンピースについているのは野生の鹿皮から作られたボタンなのだ。鹿本来の肌の色で仕上げた野生鹿革を二重に貼り合わせボタンの形に切り抜いたそのボタンは、繊細ながらおおらかな佇まい。ワンピースを着て襟元のボタンに手をかけると柔らかく手に馴染む。ボタンが通るのを待っているのは同じ生地でつくられた、小さなループ。入るのかしら、というくらい小さな輪っかにゆっくりとボタンを通す。その瞬間、ボタンが見せるしなやかな姿に私は誓う。「物事を素直にうけとめる、やさしさとほほえみを」と。