コンロでふっくら炊き上がったごはんを包む土鍋。その隣で安定の均一な焼き色を見せてくれる玉子焼き器。長く使い込んだ菜箸との連携プレーで、今朝もふんわりした玉子を崩さずくるりとひっくり返せた。朝食準備と同時並行ですすめるお弁当作りは慌ただしく、さっきボウルで卵液をかき混ぜたときに黄色いしずくがぴっと跳ねたのだけど、エプロンがちょうどよく吸収してくれた。くたっと柔らかくなったリネンのエプロンは、着るたびに風合いが増し、動きを妨げない形が心地よい。焼き上がった玉子焼きは、もう20年近く使い続けているヒバのまな板の上でひと休み。まな板が余分な蒸気を吸ってくれるからか、少し冷めたころに包丁を入れてもべちゃっとならないのが良い。
台所道具たちは、毎日じつに頼もしい。ただ使い勝手がいい、だけじゃない。形や素材、重さや音、手にしたときのしっくり感――使いやすいだけでなく、使っていて気持ちがいいのだ。こういった気持ちよさの積み重ねが、毎日の暮らしを少しずつ豊かにしてくれるのだと思う。
気持ちよさといえば、先日友人の家に遊びに行った際に、サイコーに気持ちがいい「お皿の上のケーキにフォークを入れ、ひとくち分を掬い取る」体験をした。そのお皿とフォークは樹脂(プラスチック)でできていて、フォークを持ち上げるとその軽さにびっくりした……のだけど、軽さの話はいったん置いておこう。このフォーク、とにかく先が薄い。1mmもないんじゃないかしら。厚みがないから、ひとたびケーキに先を入れるとスーッと底まで到達する。その間、ケーキがまったく揺れない。そして、フォークがお皿にあたっても、カチャリと耳に触る音がしない。さらに食べ進めると、一部立ち上がっている小皿のヘリが小粋な仕事をしてくれることにも気づいた。このヘリが、平面の上で掬うのに難儀する「最後のひとくち」をいい感じに受け止めてくれる。
「すごい! なに、このお皿とフォーク!!」ケーキを食べているあいだに、わたしは何度言っただろう。それくらい気持ちが良かったのだ。「お皿の上のケーキにフォークを入れ、ひとくち分を掬い取る」という、これまで人生で何百回何千回(はさすがに言い過ぎかも)繰り返してきた何でもない動作が。
友人に聞くと、このお皿とフォークは、石川県加賀市のARAS(エイラス)のもの。あ、SNS広告で見かけたことがある。なんだか表情を感じる上品な佇まいと、そこに添えられた「1000回落としても割れません」の触れ込みのギャップが印象に残っていた。へぇ、これがARASなんだ! 樹脂でできているというだけあって、たしかに軽い。軽いんだけど、いわゆる「プラスチックの食器」を手にしたときのおもちゃ感や使い捨て感、無味乾燥さはない。ほどよい重さと有機的なフォルムが、むしろジューシー。樹脂だけに(笑)。
九谷焼や山中塗……ARASが作られている石川県加賀市は、伝統と文化が息づく工芸のまちだ。工芸品には、日々手に取り使うなかで自然と「いいな」と感じる何かが宿っていく「用の美」があるという。それを味わえるお皿とフォークに、わたしは工芸のまちのDNAのようなものを感じた。SNSを覗き込むスマートフォンの画面越しでは、こんなにケーキを食べるのが気持ちいいお皿とフォークだとは想像できなかったもの。使いやすいだけでなく、使っていて気持ちがいい――百聞は一見にしかずだなぁ。
後日、わたしはARASについてもう一度、百聞は一見にしかずをする。ARASをつくるひとにお会いしたのだ。その話は「ジューシーな食卓。~まぜこぜは、たのしい~」へ。
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