愛が溢れるほどに満ちた暮らしのフロア 本館5階 Affection for Life

2025.01.31

布をいつくしむ心のリレー

幸田文の小説やエッセイを読むのが好きだ。とくに、着物がテーマのものは、まるで登場人物がまとう着物の色合いや質感までありありと目の前に迫ってくるようで、読み飽きることがない。それらを読んでいて感じるのは、あの時代の女性たちが、どれほど身にまとう布に心を砕き、いつくしんでいたかということだ。

現代のように既製服の時代ではないから、着物一枚新調するのも、真剣勝負の大仕事。自分の好みや姿かたち、雰囲気はもちろん、どんな場面で着るのかも踏まえて、ぴたりと合う反物を選び、仕立てる。いわばオートクチュールだ。そしてそれを擦り切れるまで大切に大切に着る。そうやって一枚の着物は、まるで第二の皮膚みたいに着る人と一体になっていったのだと思う。

ましてや今と違って布づくりにもずっとずっと手間がかかった時代。糸を紡いで、染めて、織って、という手仕事をつないで、ようやくできあがった布は、今の大量生産の布ではとても及ばないような味わいがあったはず。

だからこそ、その昔、大切な晴れ着は二代、三代と着継がれたし、古びた着物は、染め直したり、別の衣類や布団に仕立て直すことで、何度も役立てられた。そんな場面が、幸田文の作品にも幾度となく出てくる。ほどけばすべてのパーツが四角い長方形に戻る着物のつくりは、そもそもリユース・リメイク向きでもある。うーん、なんて合理的。

だったら、実家の箪笥で眠っている亡き祖母の古い着物も、何かに仕立て直して、もう一度日の目を見せてあげられないかな。もう着物としては袖を通さないことがわかっているのに、母もわたしもどうしても捨てられないあれやこれや。そこに祖母のかけらが宿っているような気がするせいもあるけれど、今ではちょっとお目にかかれないような洒落た色や柄のものがあるのも理由のひとつ。これ、なんとかして着てみたい。そう思うようになったのは、わたしが大量生産型ファッションに飽きたらなくなったせいもあるかもしれない。

数ある中からわたしが選んだのは、祖母が若い頃に着ていたらしい、鮮やかな幾何学模様の着物。どんな思いでこの着物を選んだんだろう。これを着てどんな時間を過ごし、何を思っていたんだろう。わたしの知らない祖母の姿に想像が膨らむ。わたしは意を決して、通い慣れた百貨店の隅っこにあるリフォーム専門工房を訪ねた。腕ききのリフォーム職人である店長に相談に乗ってもらいながら、あれこれ悩んでいるうちに、店頭に並んでいたノーカラーコートの見本に目が留まった。そうだ、この型にしよう。たちまち、コートの裾をひるがえして街を闊歩する自分の姿が脳裏に浮かんだ。

あれから約2ヶ月が経ち、完成品がわたしの手元にやってきた。包みを開けて思わず心の中でガッツポーズをとるわたし。大胆な色柄がむしろ映えて、ロンドンやパリのヴィンテージショップに並ぶ50年代の女優風コートにも負けない存在感を放っている。お直しという仕事のすごさに脱帽だ。

祖母が何十年も前にこの着物に初めて袖を通した時のうれしさも、こんなふうだっただろうか。そのおしゃれの心意気も、布をいつくしむ精神も、わたしが受け継いでゆこう。世界でたった一着、わたしだけの特別な服。わたしはこれにどんな思い出を刻んでいけるだろう。

リフォームブティック
【参考費用】
着物リメイク(パターンオーダーメイド)
49,500円(税込)〜
ジーンズ裾上げ
1,870円(税込)〜
ワンピース・スカート着丈つめ
3,850円(税込)〜
神戸阪急内で販売されている商品から、お客様のご家庭から持ち込まれる衣類まで、あらゆる品々のお直し相談にお応えするリフォーム工房。スタッフは全員リフォーム職人でもあるため、パンツ裾上げなど簡易なものなら即日対応が可能。捨てられずに箪笥の肥やしになっている着物のリメイクや、他店では断られてしまいがちな毛皮・レザー類のお直し・リメイクに定評があり、わざわざ他府県から訪れるお客様も少なくない。
■売場
本館5階 リフォームブティック
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