愛が溢れるほどに満ちた暮らしのフロア 本館5階 Affection for Life

2025.01.17

傷も愛して。

もう2年近く、わが家の戸棚には、新聞紙にくるまれてしまい込まれた、割れた湯呑みがあった。ずいぶん昔、家族で信楽陶器祭りに出かけた際に買ったもの。高価なものでは全然ないけれど、あまり見かけない形と質感が気に入って、ずっと愛用していたのだ。ある日、手をすべらせ落としてしまったのだけれど、その割れた湯呑みは捨てられずにずっと置いてあった。家族で行った小旅行の思い出と紐づいているせいもあるけれど、もうひとつ「いつか金継ぎしたいな」という思いが胸のうちにあったからだ。

割れたもの、欠けたものにひと手間加えて、そこに生まれる「景色」を愛でるという金継ぎ。そこには、ものの命をいつくしむ日本的美意識が感じられて、ずっと憧れていたのだ。

ただ、わたしの湯呑みの場合、何万円も払って金継ぎ職人に依頼するほどのシロモノではない。かといって最近人気の「金継ぎキット」のような製品は、わたしのような未経験者に使いこなせるのかちと不安が残る。どうしたもんかな、と思いながら、割れた湯呑みを眠らせたままにしていたのだ。

だから、通い慣れた百貨店のうつわ売り場で、金継ぎのレッスンが受けられると知った時は、まさに「渡りに船」だった。教わるのは、漆を使う本金継ぎではなく、素人でも扱いやすい合成樹脂を使う「現代金継ぎ」。ワークショップ当日、緊張して作業台に向かうわたしに、講師の先生が「この金継ぎには “失敗”は存在しないから安心してください。それに修復に向き合う時間って、メディテーションみたいなんですよ」と声をかけてくださった。

教わるままに作業を進めていくうちに、先生の言葉の意味するところがわかってきた。まるでお習字前に墨を擦るように、2種類の樹脂をしっかり時間をかけて練る。そして心を落ち着けて、破片を接着していく。欠けはよく練ったパテで埋め、乾くのを待ってから水で濡らした紙やすりでひたすらこすって、凹凸をなめらかにする。そうやってただただ目の前の作業に集中していると、なんだか無心になれるのだ。

割れや欠けを修復して下地ができたら、いよいよお待ちかねの作業。真鍮粉を混ぜた塗料を筆に含ませ、「継ぎ」の痕を金で覆っていく。手が震えて線がいびつになるけれど、先生は「いいですよ、それも味のうち」とにっこり。そうか、最初におっしゃっていた「“失敗”は存在しない」って、そういうことなんだ。傷も、つたなさも、ぜんぶ味になる。こうして、わたしの初めての金継ぎは2時間半ほどで完成した。

ずいぶん昔、ある人が「創という字には、傷という意味もあるのよ」と教えてくれたことを思い出した。言われてみればたしかに、ケガをした場所につける「絆創膏」にも創の字が入っている。新しい美の創造は、あんがい傷から始まるってことなんだろうか。そう思うと、つまづいたり転んだりしながら生きている自分の人生も、ありのまま受け入れればいいんだという気持ちになる。その日金継ぎをした湯呑みは、いま、毎朝起き抜けに飲む白湯専用になっている。1日の始まりのひととき、自分で塗ったいびつな線を眺めながら「なかなかいいじゃない」なんて悦に入って過ごす。そうやって「今日も1日がんばろうね」と自分に声をかけるのだ。

KINTSUGI WEST 現代金継ぎワークショップ(不定期開催)
参加費(所要時間2~3時間)
6,600円(税込)
関西を拠点とするユニットKINTSUGI WESTが、漆の代わりに樹脂を使う「現代金継ぎ」を伝授。漆を使う「本金継ぎ」は、漆の扱いがむずかしく、かぶれの心配もあるうえに、完成までに1ヶ月近くかかるのが難点。その点、現代金継ぎは作業時間も短く、作業完了後、丸一日乾燥させればすぐに使える点が魅力。少人数で和気あいあいと進められるレッスンは、すでにリピーターも登場するほど人気を博している。
■売場
本館5階 うつわプラス
フロアマップ
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