物語のハッピーエンドをあらわすのに、大団円、なんて言ったりするけれど。何を隠そう、昔のわたしは、大団円というのは、円がいっぱい集まっている様子のことだと勘違いしていた。要するに「マルの団体さん」みたいな感じで、あっちやこっちで、めでたしめでたしと笑い合っている絵を想像していたのだ。
けれど正しくは、団という語もまた円をあらわすのだそうで、その一字には、「丸いこと」「まろやかであること」「安らかであること」などの意味が含まれるのだとか。だから大団円とは、すべてが丸くおさまって、円満な結末を迎えること。みんなを包む大きなマルのイメージだ。
そんなことを思い出したのは、小さな赤ちゃんがいる友人宅で、心地よさそうな丸いラグマットが目に飛び込んできたせい。リビングに広げられたそれは、肌ざわりのいいコットンの綿入れキルト地でできていて、その上で赤ちゃんが機嫌よく遊んでいる。
そうそう、こういうの、最近では「イブル」って呼ぶのよね。イブルとは韓国語で「布団」のこと。布団といっても、わたしたちが思うようなふかふかしたものではなく、薄手で、掛けたり敷いたり、いかようにも使えるもの。オンドルと呼ばれる床暖房がきいた韓国の住まいでは、分厚い布団の代わりに、こういうイブルが伝統的に使われて、インテリアを彩るアクセントにもなってきた。
赤ちゃんはそのうち疲れたのか、少しぐずったあと、そのイブルの上でスヤスヤと眠り始めた。友人は、やわらかなガーゼのブランケットを小さなからだにかけてあげる。そのプクプクほっぺの寝顔を眺めていると、こっちの気持ちまでトローンとして、思わず一緒にゴロンと寝ころびたくなっちゃう。窓から降り注ぐあたたかな光と、ふわふわのイブルと。この誘惑、たまらないな。
そういえばわたしが最近読んだ韓国の小説でも、主人公が友人たちと家でくつろぐ時、床に直接寝そべるシーンがよく出てきたな。好きな飲みものや食べものをのせたトレイをそばにおいて、ごろごろしながらおしゃべりする。その描写がいかにも心地よさそうで、脳裏にありありと映像が浮かぶようだった。
そんなわたしの胸のうちを見透かしたように、「ね、一緒に寝ころびたくなっちゃうでしょ?」と友人。床暖房の季節なんかやばいよ、といって笑う。さもありなん。わたしたちは、丸いイブルに引き寄せられるように、ふたりして床にぺたりと座り込んだ。窓の外に広がる秋空を眺めていると、「ああ~平和だなあ」という気分が胸を満たしていく。今日という日の、ささやかな大団円。みんなの心をまあるく穏やかに包んでくれるやさしい布ものがあれば、しあわせはぐっと身近になる。そうだ、今度誰かに出産祝いを贈るならこれだな、とわたしは心にメモをした。