愛が溢れるほどに満ちた暮らしのフロア 本館5階 Affection for Life

2023.10.31

ポトフと推理小説

よく晴れた秋の休日って、なんだか特別なご褒美のよう。それがなんの予定もない1日だとしたら、なおさらだ。窓を開け放って、いい匂いのする日差しを胸いっぱい吸い込んだら、布団を干してシーツを洗って、午前中に部屋の掃除も済ませてしまおう。そのあとは日暮れまで、私だけの旅に出るのだ。

旅といっても、どこかに行くわけじゃない。誰にも邪魔されない、空想の旅。でもその前に、私はスマホをチェストの引き出しに放り込んで、代わりに戸棚からストウブの“ピコ・ココット”を取り出す。ずっしりした重みと真紅のエナメルの艶が、いい風情を醸し出すフランスの鋳物ホーロー鍋。私はここに牛すね肉の塊とひたひたの水、そして粗塩少々を入れて火にかける。

今日つくるのはポトフ、いわば「フランス版おでん」。コツといえば、最初に肉から出るアクを丁寧に取り去ることぐらい。あとは放っておいても鍋まかせでおいしくなるから、こんな日にはうってつけなのだ。慎重にアク取りを終えた私は、鍋にブーケガルニをひと袋放り込んで蓋をする。そしておもむろに本棚の前に立ってニンマリする。

今日の行き先は1950年代のパリ。ジョルジュ・シムノンの推理小説を手に取って、ソファに身を沈める。こういう時は思うぞんぶん、別世界に没入できるやつじゃなくちゃね。私はパリの地図と、ジャック・タチの古い映画を思い浮かべる。レトロな自転車やシトロエン2CVが、石畳の舗道を行き交う光景が脳内に広がる。そこへ、外套を着てパイプを手にした、おなじみのメグレ警視が現れた。若い女性の死体が見つかったのは、モンマルトルのふもとの歓楽街ピガール界隈。物語が進行していくにつれて、キッチンから流れるいい匂いが部屋に満ちてゆく。

中盤、物語のパズルのピースが揃い、ドラマが急展開を見せ始める頃に、私はいったん本を閉じて再びキッチンに立つ。そろそろ大ぶりに切った野菜を放り込んでもいい頃合い。私は、メグレ警視の推理に思いを馳せながら、玉ねぎやら人参やらセロリやらキャベツやらを鍋にぎっしり詰め込んでゆく。

再び本に戻ると、物語は一気にクライマックスへ。ラストシーンの余韻に浸りながら本から目を上げると、もう夕暮れ時。4時間ほども煮込まれた肉はホロリと柔らかく、私は「よし」と目を細めて鍋の火を止める。まだ夕食には2~3時間早いけれど、この寝かせ時間もおいしさのカギ。熱をガチッと閉じ込めた厚手の鋳物の中で、肉と野菜のうまみが溶け合って、まあるく滋味豊かな味になるのだ。

ポトフはフランスでは「おばあちゃんの味」と呼ばれる古典的家庭料理。メグレ警視と夫人の食卓にも、きっとしょっちゅう登場しただろう。レシピもテクニックもいらなくて、いい鍋さえあれば、あとは時間がおいしくしてくれるのをただ急がず待つこと。目まぐるしく情報が飛び交う世界からちょっと離れて、こんなどっしりした鍋で日がな一日、コトコト何かを煮込んでいると、何か大切なものを取り戻したような気持ちになれる。

よーし、散歩がてらワインとパンとチーズでも買いに行こう。スマホは引き出しに置いたままでいいや。まだちょっと上の空で空想の旅を続けている私に、秋の風が心地よい。

STAUB (ストウブ)
ピコ・ココット ラウンド 22cm
36,300円(税込)
【STAUB(ストウブ)】
豊かな食の伝統が残るフランス・アルザス地方にて、1974年に誕生した調理器具ブランド。創業者フランシス・ストウブが、食材の美味しさを引き出したいというシェフの要望を受けて開発した鋳物ホーロー鍋は、世界中のレストランから一般家庭まで広く愛用されている。
【ピコ・ココット ラウンド】
ストウブを代表する鋳物ホーロー鍋。ガスはもちろんIHやハロゲンなどすべての熱源で使用できるうえ、オーブンに入れることも可能だから、煮る・焼く・炒める・蒸す・揚げるなど幅広い調理に活躍。厚手鋳物の密閉性と蓄熱性を生かした無水調理も可能で、食材のうまみや栄養を逃がさずおいしく仕上げられるのがうれしい。
■売場
本館5階 グッドキッチンカンパニー
フロアマップ
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