HANKYU STYLE

着ること、暮らすこと。スタイルを持つ人に。

Special Edition

2024.9.3

染織家・
吉岡更紗さんが
生み出す伝統の色

染織家・吉岡更紗さん

秋の特別イベントでは伝統と今様を取り入れながら、
新しい豊かさをご提案します。
古来の日本の色を継承する京都「染司よしおか」の
六代目・吉岡更紗さんに、染めるということ、
文化を担ってきた日本の色のことなど
お話を伺いました。

Profile

吉岡更紗(よしおか さらさ)さん

1977年、京都市生まれ。大学卒業後、アパレルブランドで販売員を勤め、その後、愛媛県・西予市野村シルク博物館で染織技術を学ぶ。2008年、生家「染司よしおか」に戻り、父である先代・吉岡幸雄のもと修業を積む。2014年より東大寺修二会椿の造花の和紙染めを担当。2019年六代目当主を継ぎ、染色を行いながら工房と店舗の経営も担う。

著書『「源氏物語」 五十四帖の色』『新装改訂版 染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め』

著書から『「源氏物語」 五十四帖の色』『新装改訂版 染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め』(いずれも紫紅社刊)。

日本の色を生み出す
吉岡さんに会いに工房へ

宇治川にかかる観月橋を渡って工房へ。「染司よしおか」(そめのつかさ よしおか)は京都で江戸時代から続く老舗。 六代目・吉岡更紗さんは、先々代、先代から受け継いだ伝統の日本の色を守り続ける染織家です。

「染司よしおか」は、江戸時代後期の文化年間に創業。京都の町なかで染色を続けていましたが、戦後、先々代が伏見区に工房を構えました。
「もともとこの辺りは巨椋池(おぐらいけ)という湖ほどの大きな池だったんです」と吉岡さん。
昭和の初めに干拓され、畑や住宅街に。染色に欠かせない良質の地下水が豊富だったこともあり、工房では、地下100メートルから水を汲み上げ、染色が続けられています。

工房に近い観月橋からの宇治川の眺め

工房に近い観月橋からの宇治川の眺め。伏見は良質の地下水が豊富で酒どころとしても知られる地。「味を引き出すのも水の力なんですけど、美しい色を引き出せるのも鉄分のない、良質の水のおかげです」

「染司よしおか」工房

木戸をくぐると工房の玄関にのれんが掛かる。数軒分の長屋を使っているという工房。庭には染料となる樹木も。

通された部屋の一角には、光をやわらかに通す布と染料となる植物の見本がずらり。紅花、藍、紫根、矢車、梔子…。「染司よしおか」ではこうした植物などから色を抽出し、布などを手染めしています。

「よく草木染めや植物染めといいますが、もともと草木染めという言葉はありませんでした。染色の歴史を考えると、草木で染めるのが当たり前でしたから。明治の頃に西洋から化学染料が入ってきて、区別するために後からつくられた言葉です。紙も同じで、昔は『紙』としか言ってなかった。洋紙が入ってきたから和紙という言葉ができました」

「染司よしおか」では一度廃れてしまった、化学染料以前の染色技術を研究、復活させ、古(いにしえ)から生み出されていた日本の色を今の時代に伝えています。
「平安時代に書かれた『延喜式』「縫殿寮」には、色を染めるための材料が明記されていますが、どうやって染めるのか、工程については全く書かれていません。化学染料によって失われた日本の色の復活に、いちばん試行錯誤したのは祖父ですが、父がそれを受け継ぎ、研究を重ねました」

>吉岡更紗さん

「記録が残っていないので、これが正しい技法である、とは言い切れません。それでも、古の方々が愛した色が、美しく染め上がると嬉しいですね」

「植物染めの仕事をしていると、新しい染料を試しているのか、新しい色をつくるのかとよく聞かれますが、うちはそうした仕事はしないと、先代が決めました。それは、簡単なようで大変な決断だったと思います。古の方々が試行錯誤を繰り返して、これが染料となり得る、これが美しい色を生み出すと考えたから、文献や、沢山の美しい色の名前、色彩感として残っているのだと思います」

古の人が培った知恵と技術、そして美意識を受け継いでいくことを責務とする吉岡さん。現在、染料のなかには絶滅危惧種の植物や産地で栽培されなくなった植物もあるそう。各地の農家さんに依頼して育ててもらうものもあるといいます。

また、日本の色だからといって、全てを国産に限っているわけではないそう。「そもそも染色の技術は、シルクロードを通り大陸から伝わったもの。美しい色に染まる絹は中国で発明されています。また、染料となる草木などは薬として使われていたものが殆どです。薬で衣服を染めることで、身体を守るという役割も果たしていたのではないでしょうか」

「染料や薬となるものの中には、熱帯性の植物もあり、それらは現代でも日本では育ちません。奈良時代から船で運んで、染めに、薬に、お香に使っていたという記録が残されています。諸外国の染料を柔軟に取り入れながら、自分たちの美意識を表す色として、しっかり愛でて楽しんでいたというのは面白いですよね」

植物染めならではの鮮やかな色が目に飛び込む

「植物から出た色というのは色鮮やかで、透明感がある。非常にクリアなんです」。植物染めならではの鮮やかな色が目に飛び込む。

紅花、紫根、刈安、日本茜、蓼藍、蘇芳…。植物染めで使われる染料が並ぶ。一見、地味な草木や木の実から、職人の手業で鮮やかな色素がくみ出される。

植物染めで使われる染料が並ぶ

自然の移り変わりを色に託し
自分の感性を表現した古の人々

日本は世界でも類をみないほど色の名前が多く、それは時代ごとに増えていったと言う吉岡さん。「たとえば平安時代以前は茜色とか紅色とか、染料名がそのまま色の名前になっていることが多いんです。日本独自の文化が発展した平安時代以降は季節を表すような色、草木花の名前が増えるんですね。桜色、紅葉色など。桜色といっても桜で染めているわけではないのですが、それぞれの季節に美しく咲く花色を表した色を身に纏いたいという気持ちが、染色の技術の高まりにもつながっていったのだと思います」

平安時代といえば、かさね色目など、宮中の美しい衣装が頭に思い浮かびます。「平安時代、都に暮らす貴族は季節の移り変わりに大変敏感で、それを衣装の色に映すというのがステイタスだったんです。基本的に衣装の形は一様で、模様や織り柄には季節感はあまり入れない。衣装を重ねる組み合わせで、季節を表すのが良いとされていました。それには教養の高さにくわえて、財力も必要だということでもあります」

季節を表現するといっても、それが伝わるかどうか、他の人にも同じように見えているかはわからない。それでも「自分がこの草木の美しい瞬間を表すのはこんな色だ! と思えたら、そう名前を付ける、それを他人が見て共感できることで、心のつながりが生まれていったと思います」

吉岡さん自身、生家で染色の修業を積むようになって、季節に対する感覚ががらりと変わったそう。「毎日同じ道を通っていると、木々の色や水の流れ、色合いが毎日毎日変わる、それを意識するようになりました。心から美しいな、と思います。つくりだすことができない美しさですね。移りゆく自然を色として取り入れたというのは、本当にすごいことだと思います」

伊賀上野から届いた紅花を手にする吉岡さん

庭で伊賀上野から届いた紅花を手にする吉岡さん。

紅花は「寒の紅染め」と言われ寒い季節に染めると色鮮やかになるそう。紅花からくみ出される「艶紅」は和紙に塗られ、東大寺修二会で二月堂内を飾る椿の花となる。

紅花
収穫された蓼藍(たであい)の葉を水に浸けている水槽

収穫された蓼藍(たであい)の葉を水に浸けている水槽で。藍は工房の近くの畑で栽培を依頼しているそう。

鮮やかな染めもの

色を抽出する染料は植物やカイガラムシなどの動物性のもの、鉱物や土から得られる顔料など様々。染めた後、色を定着させる工程にも昔ながらのわら灰や明礬(みょうばん)などを使用。手間と時間をかけて鮮やかな染めが完成する。

伝統の色を取り入れて
今の暮らしに彩りを

毎年、東大寺修二会や薬師寺花会式など、古社寺の行事に関わる「染司よしおか」。「植物で染料になり得るものは、古から薬としても扱われていました。薬には、内服するものに加えて、皮膚薬などの外用薬がありますが、薬となり得る染料で染めたものを身に着けることによって、身体を守りたいと願う気持ちがあったのではないでしょうか。
古社寺の儀式でも、薬となる紅花や梔子、藍や黄檗などで染めた和紙で造花を作り堂内に飾ることで国家繁栄や万民豊楽などを祈りました」

古の人々が願いを込め、取り入れ、そして表現してきた色。そんな伝統の色のもつ力は、今の暮らしに新しい豊かさをもたらしてくれそう。「染司よしおか」では、暮らしに取り入れやすい植物染めの雑貨も制作しています。

「身につけるものでは、ストールは取り入れやすいと思います」。ほかに、コースターやランチョンマットなど気軽に日常使いできるものも。「たとえば季節によって入れ替えたり、インテリアで使えるものもいいと思います」。季節のうつろいを映した美しい伝統の色は私たちの暮らしに奥深い彩りを与えてくれそうです。

花や実、樹皮、草木など天然素材で染めたストール

藍色は蓼藍、黄色は刈安など、花や実、樹皮、草木など天然素材で染めたストール。伝統の色の美しさに惹かれる。

  1. Main Event 1

    「染司よしおか」の植物染めの
    布小物などが登場 !

    East meets West 伝統と今様が織りなす彩月

    ◎ 9月18日(水)~10月1日(火)

    ◎ 1階 コトコトステージ12

  2. Main Event 2

    9月28日(土)正午から
    染織家・吉岡更紗さんと日本画家・諫山宝樹さんによる
    “色を学ぶ”トークイベント

    その他、お茶会やティーセミナー、和菓子作りなど様々な体験をご用意。

    #阪急大人の学び 秋の文化祭ー伝統と今様ー

    ◎ 9月28日(土)・29日(日)

    ※イベントによって開始・終了時間が異なります。

    ◎ 13階 ダイヤモンドホール

    ※外商お得意様・ペルソナカード会員様限定のイベントです。

※記事に掲載されたイベント情報や商品は、掲載中または掲載後に売り切れ・変更・終了する場合がございますのでご了承ください。